ごあいさつ

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我々の存在意義は「緑のプロ集団として、豊かな地域社会を創造する」であり、それが当社の根底にあるものです。これまでもこれからもこの“存在意義”を根底に置いた企業経営を進めていきます。岩田造園土木の起源は1916年に私の祖父である初代(創業者)岩田酉蔵が現在の東京都荒川区にて創業したことまで遡ります。酉蔵は個人庭園手入れ等を請負う植木職人でありました。その後、父である2代目(設立者)岩田勝之助が1951年に事業所承継(1953年1月岩田造園株式会社に改組、1959年8月岩田造園土木株式会社へ改称)、「失われた緑を取り戻し、人々の暮らしに安らぎをもたらしたい」という使命感のもと、第二次世界大戦終戦後の焼け野原と化した東京の復興に寄与していきました。これが岩田造園土木のスタートであり、前述の、当社の根底にある存在意義の礎となりました。

荒川区児童遊園

さらには、2代目勝之助は業界全体の発展と造園事業に携わる人々の地位向上を目指しました。戦後の混乱期において同業者が互いに協力し合い、情報交換、材料調達等を共同で行うシステムを構築することで、より効率的かつ安定的に緑化事業を進める土台整備を進め、同志とともに東都造園建設工業組合(現 東京都造園建設業協同組合)、日本造園建設業協会、東京都緑化業協会の設立にも寄与しました。これらを通して、同業事業者間の「横のつながり」をより強固なものとして、より広範囲にわたる緑地復興等を可能とし、地域の環境改善並びに雇用創出にも寄与しました。

「東京都造園建設業協同組合 発足の歩み」より

それらを進めていくなかで、地元荒川区を中心として都内の様々な緑地・景観整備プロジェクト等に参画させていただきました。私としては都立八柱霊園整備、地元荒川区の荒川自然公園新規整備、荒川遊園新規整備等が思い出深いところです。

八柱霊園(左上)、荒川遊園(右上)、荒川自然公園(下段)

一方で地元以外にも東京オリンピックや日本万国博覧会、沖縄国際海洋博覧会等、国家的行事開催に際した大規模プロジェクトにも数多く参画させていただき、大変有意義な経験をさせていただきました。これらの経験と多くの実績は、企業として技術力やノウハウを飛躍的に高める原動力となったともに、お客様や地域住民からの信頼獲得にも繋がっています。このように当社は都内外に関わらず様々なプロジェクトを経験させていただき、蓄積した技術力を豊かな地域社会創造のために還元し続け今日に至ります。
こうした歴史を振り返ると私たち岩田造園土木は東京や地域、とりわけ地元荒川区の復興・発展の歩みとともに私達自身の技術や組織も発展を遂げてきました。これまでもこれからも創業者から受け継いだ「緑のプロ集団として、豊かな地域社会を創造する」という思いは当社の根底であり、原動力であり続けます。

代表取締役
岩田 あい子

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